学群Diaryの一覧

北九州の未来へ、出発進行~!!

放送までの道のり

私たち7班は『公共交通機関の環境問題の取り組み』について取り上げました。最初は他県から北九州にきたメンバーが1番驚いたモノレールについて取り上げようと考えていましたが、調べるうちにモノレールの環境の取り組みを知って、モノレール外の公共交通機関の環境への取り組みがどのようなものがあるのか関心を持ち始めました。調べるうちに北九州市はこのままでは環境が悪化してしまうことを知り、公共交通機関の取り組みを知ってもらって利用してもらう必要があるとおもい、このテーマに設定しました。また市役所の都市交通政策課の方をお招きして高校生と大学生を対象にイベントを開催しました。イベントでは22人もの学生に参加していただき、北九州市の現状や、公共交通機関の取り組みを知ってもらって、これから大人になってから通勤などで環境に良い選択として公共交通機関を使ってほしいということを目的に開催しました。

取材日・・・5月17日

取材協力先・・・北九州市役所環境局環境未来都市推進部温暖化策課 北九州市役所建築都市局都市交通政策課 北九州市       役所交通局総務経営課 北九州モノレール JR九州広報課

放送日・・・8月12日

 

放送を終えて

私たちの班は先生への報告の時や、プレゼン大会の際ではあまりアドバイスをいただけず、このままでいいのか、という不信感が班内でありました。そのまま本番に向かってしまうのはよくないと判断し、多くの意見を先生方にいただいて企画するために、具体的にどこが良くないのか、どこが不安なのかなど自分たちで考え、先生に個別に相談に行きました。こうすることによって自分たちの悪いところを自分たち自身で見つけ、それを客観的な目線で改善することができ、企画を成功することができました。班内の不安を取り除くためによくミーティングを行い、報告などもできていたので、不安なく本番を迎えることができ、無事に終了することができました。また、FM実習で班員全員が貴重な体験をすることができ、多くのことを学ぶことができてよい機会になったと思います。

 

 

知っとった? 社会教育のまち北九州

放送までの道のり

自分たちの班は、他の班よりもずいぶん遠回りをして放送を迎えた気がします。これまで全く話したことがない五人だったので、会話があまり進まずぎこちない雰囲気でスタートしました。そのせいか、初めはなかなかテーマが見つからず、第一回プレゼン大会の直前にやっと決定しました。その時は『地産地消』をテーマにしていましたが、調べが浅かったテーマについて考えていたのですが、幼いころのキャンプ等の経験のことをふと思い出したため『社会教育』をテーマに、北九州の社会教育施設について調べを進めていきました。取材ではいのちのたび博物館の館内を見学したり、玄海青年自然の家で社会教育の体験会に参加したりと、実習だということを忘れてしまうくらい楽しくできました。テーマが定まらなかったり話し合いがうまくいかなかったりと不安ばかりでしたが、無事放送を終えることができて良かったです。

 

取材協力先・・・いのちのたび博物館 ユースステーション 玄海青年自然の家 北九州市役所

取材日・・・5月25日 7月2日 7月4日 7月23日

放送日・・・8月13日どのような

 

放送を終えて

放送を終えたいま改めて感じることは、リーダーの存在の大きさです。私たちの班は、リーダーを決めないまま放送当日を迎えてしましました。そのため、誰がどのような役割をもつかなどが確認できず、資料提出・内容発表日の前日にバタバタ作り上げるという状態になってしまいました。先輩からリスクマネジメントのお話をしてもらい、自分たちにはその力が足りていないと感じました。リーダーがいることで、個人に役割が与えられるためにより責任が増して、グループの団結力も強いものになると気づきました。ラジオ放送というものはツールであり、リスクマネジメントという考え方、施設の方とのかかわり方、社会と接するときのマナー、などを身に着けることが目的であるということをはじめから認識ていくことも必要だったと思います。これから、各メンバーそれぞれの実習で、ラジオ放送で学んだことを生かして活動していきたいと思います。

 

 

(Let`su村 ~神宿る、白いダイヤの島~ )

放送までの道のり

 私たちの班が、テーマを津村島に決めて最初調べ始めた時、島には入れないし何もない所だと思い、やめようとしていました。でも、調べるうちに周りが埋め立てになる中ならなかった津村島が残った理由が何かあるのではないかと思い、実際に足を運びました。そして、津村島が地元の人に愛されていて、地元の人の力で残ったんだと知りました。そんな津村島の認知度を小倉駅や大学で調査してみると、誰も知りませんでした。そこで私たちは、地元の人の力で残った津村島を知ってもらい、多くの人にシビックプライドが生まれてほしいという考えに至りました。その方法として沢山悩み、津村島のマップを作り図書館寄贈して、多くの人に見てもらおうということにしました。そのあとに、町内会長さんに案内してもらい、実際に津村島の中に入らせていただきました。外からは見えない津村島の様子を知ることが出来ました。町内会長さんの話す様子を見て、本当に昔から津村島を愛していたのだなと分かりました。そんな津村島についてできる限り知ってもらえるよう放送内容を考えながら作り、放送に臨みました。

 

放送を終えて

 

5月2日(火):津村島探索(津村島)

5月28日(日):インタビュー(松ヶ江郷土史会細石さん)

7月2日(日):資料収集及び情報収集(北九州市立門司図書館新門司分館)

7月14日(金):インタビュー(小倉北区役所松浦さん)

7月18日(火):津村島内部探索(津村島)

8月12日(土):放送日

 

8月12日(土)の放送を終えて、私たちは改めて、津村島の認知度の低さと、ラジオというメディア媒体の広報能力の高さに驚きました。ラジオを終え、門司方面に暮らす友人に津村島のことを聞いてみれば、私たちのラジオではじめてその存在を知ったという人も多くいました。また、当然のことながら、福岡や北九州市に住んでいないメンバーの親も、その存在を知りませんでした。しかし、私たちの拙いラジオ放送を聞いてくれた人は殆ど、津村島に興味を持った、と言ってくれました。つまりは、津村島について興味も関心もなかった人が、私たちのラジオを聴いてくれたことで興味や関心を持ってくれたのです。また、津村島という、『知られていなかった魅力』を北九州市に発信する意義についても、私たちは感じることができました。それは、門司方面に住んでいて、それでも津村島について知らなかった人が、その津村島を知ることで、「そういえば自分の家の近くには」という風にちょっとした自慢を持って話している場面を見たからです。そういう風に、私たちがしたことで、そこに暮らす人々が地元を自慢に思ってくれたり、誇らしく思ってくれたりすることが、当初の目的であったシビックプライドの向上に繋がるのだと思い、その手段としてラジオはとても有効だった思いました。

  

『 八幡ぎょうざと一緒! 』

放送までの道のり

私たち4班は「八幡ぎょうざ」について取り上げました。

ラジオ実習開始当初は内容以前にメンバー同士のコミュニケーションに苦戦しました。ある程度の会話は出来ていても相手に気を使ってあまり自分の意見を前に出せない状況にあったのでアイスブレイクから始めました。今回の実習においてお互いを知り、仲間と協力し合える環境を作っておいたおかげでより良いミーティングが行えたのではないかと思っています。また、実際に社会人の方々に取材をする機会があったこともとてもいい経験になりました。大学生さらには地創生としてこれから様々な方と関わっていくためのノウハウも学べたことは今後の実習や学生生活において大きな意味を成してくると思います。初めてだらけの事で戸惑うことは多々ありましたが班員みんなで協力し合い、トラブルも乗り越え、無事に放送を終えることが出来て良かったです。

 

放送を終えて

 

取材日・取材協力先

5月21日(日)       ぎょうざ協議会

6月15日(木)       竹中さんからのお話

6月15日(木)       ぎょうざ協議会会議@八幡東区役所

7月1~2日(土、日)    全国ぎょうざ祭りin仙台

8月5日(土)        わっしょい百万夏祭り

放送日

8月12日

ラジオの本番を終えて感じたことは実際にメディアに乗せて自分たちの調べた内容を発表する事の難しさです。メディアで発信すると言うことはそれを聞いている方々に不快な思いをさせるわけにはいきません。そのため発表内容を何度も見直し、内容を変更したり言い回しを変更したりなど様々な配慮をすることがメディアを使う上での責任の一つだと学ぶことが出来ました。さらに自分たちの放送内容について知れば知るほど中身の濃い充実した実習になったと感じました。これはラジオ実習だけでなくこれからの実習にも言えることですが自分の課せられた課題に対してどれだけのめり込んでいけるかどうかが実習に対する満足感にも繋がってくると思うので常に全力で前のめりに行動する事が大切だと実感しました。これからの活動ではラジオ実習を通して学んだ人との関わり方やメディアでの責任、実習に対しての心構えを忘れずに様々な活動へと取り組んで行きたいです。

  

◆Let`s share 育児

放送までの道のり

私たちの班は北九州市の育児について取り上げ、away育児を解決する為の方法を考えました。away育児とは、自分の生まれ育った町から離れた場所で子育てをすることです。初めは自分たちだけで一から作り上げていくことに戸惑い、悩む日々が続きました。そのような中で、私たちの班は積極的に周りの方々の声を聞くようにしたことは強みだったと思います。また、迷った場合は動いてみることにし、早い段階から取材やアンケートなどができたことは良かったです。育児について取り上げましたが、大学生の私たちには子育て経験がなく、難しく感じることもありました。けれども、子育てについて知識を身に付けておき、備えることが重要だと学びました。活動を進めるにあたり、子育て施設で働かれている方から一般のお母様方まで、多くの地域の方々に助けられました。地域の方々の温かさを感じることができ、実習活動はさせていただいているということを強く感じることができました。

放送を終えて

 

取材日…5月2日 取材協力先…小倉南区親子ふれあいルーム さざん

取材日…5月12日 取材協力先…プレイセンター

取材日…6月19日 取材協力先…北方地域子育て支援センター

取材日…6月28日 取材協力先…ハロハロカフェ

放送日…8月11日

どんな放送をするにも、当事者の気持ちになり、どのような情報がほしいのかを考えることが大切だと学びました。「育児」という放送テーマに決めたとき、子育て経験のない私たちが育児について語る意味、必要性とは何なのかとても悩みました。そこで、まずは私たち自身が育児について学ぶことから始めました。そのために、町中インタビューや子育て支援施設の訪問を行いました。施設で働く職員の方や子育て中のお母様方のリアルな声を聞くことで初めて、今までの「子育てされてきた」視点から「子育てをする」視点へと目を向けることができました。実際に現場に足を運んでみなければわからなかったことがたくさんあります。「子育てはひとりじゃない」という私たちがこの放送を通して最も伝えたかったこともそうです。ネットでは拾いきれない熱い想いもたくさん聞くことができました。私たちの放送を通して、子育て中の方々の心の支えに少しでも貢献できていたら嬉しいです。

  

GBS~ごみの分別をしよう~

放送までの道のり

 私たちの班は北九州市のごみ問題について取り上げました。はじめは違うことを取り上げる予定だったのですが、学群長等からの指摘によりテーマが変更になりました。テーマが決まってからは第一回企画プレゼンに向けテーマ内容の掘り下げをしていきました。第一回企画プレゼン後は、頂いたアドバイスを取り込みつつ第二回企画プレゼンに向け全体の構成をまとめていきました。第二回企画プレゼン後は、実験・実証やアンケート、市役所へのインタビューなど実際に動き始めました。実験・実証では、瞬花祭(北九州市立大学内でのお祭り)で手作りのごみ箱を設置したり、周囲の学生たちにごみの分別を数日間してもらったりしました。アンケートでは、ごみの分別に興味関心がどの程度あるか・どうすればよりごみの分別をするようになると思うか等をききました。これらの結果や市役所へのインタビューをもとに、シナリオチェックへ向けて放送内容をまとめていきました。

 

 

放送を終えて

 放送本番はパーソナリティーの方やSAの先輩方のサポートもあり、無事放送を終えることができました。しかし、放送内容の結論部分があまく、パーソナリティーの方が求めているレベルに自分たちのつくってきたものがとどいていないことを強くかんじました。自分たちが提起した問題に対して、リスナーに有益となる解決策をだすところまでできていなかったなと思います。放送直前練習では、話し方や伝え方について音声しか情報がないリスナーに対する伝え方等たくさんのアドバイスをいただきました。自分たちは放送内容にばかり目がいきがちで伝え方にまで気が回っておらず、まだまだ気が付けていないことが多いなとかんじました。

 

「隣の駐屯地」

放送までの道のり

 私たちは、「自衛隊」をテーマにFM実習に取り組むことにしました。大学と小倉駐屯地は近いこともあり、班員内だけでなく多くの人がアンケートを取った際に興味があると答えていました。アンケートや私たちが日頃疑問に思っていることをまとめたのち、実際に自衛隊の方に取材をさせていただきました。その他にもレンジャー部隊の帰還式や実際に訓練内容を経験させていただきました。自衛隊員の方がどのような訓練や生活を送っているのかを知ることができ、ラジオ内容をより詳しい物にできたと思います。取材では、震災や豪雨など自然災害の際の活動内容を教えていただきました。内容がとても豊富で、リスナーにどのようなことを詳しく届けたいかなどを、班員と詳しく話し合いました。また、ホウレンソウ会やプレゼン大会で指摘を受けていた「自衛隊の紹介だけにならない」と「自衛隊の方が直接話したらよい放送にならない」という点にも注意して放送に向けて準備を進めていきました。

 

放送を終えて

 

取材日…6月30日(レンジャー帰還式)6月18日(取材)6月21日(1日体験)

取材協力先…小倉駐屯地 放送日…8月9日

 入学してすぐに始まったFM実習でしたが4月から8月の間、初めてのことで難しいことも多くありましたが、貴重な経験ができたと思います。私たちは放送を終えて、多くの力を身に着けることができたと思います。その大きなものとして「コミュニケーション力」があります。班員間での話し合いなどの協力はもちろんのことですが、取材に関わってくださった多くの自衛隊員の方々とお話をさせていただきました。男性隊員や女性隊員、自衛隊に長年所属している方や私たちと同年代の方など多くの方のことを教えていただきました。普段することのできない貴重な経験をさせていただけました。

実感のない中で始まった実習でしたが、進めていくにつれ協力して行動できるようになりました。放送を終えて、今後私たちが4年間大学で学ぶ上で必要となる力を身に着けることができたと感じます。1年時にこのような経験ができたことを大切に、今回協力してくださった方々への感謝を忘れず今後も学んでいきたいと思います。

KFCっちすごいっちゃ!

放送までの道のり
私たち16班は北九州市で撮影された映画・ドラマの撮影本数が過去最多の35本になったという報道をテレビで見て、どうして北九州フィルムコミッションがここまで成長して来たのか、どんな戦略で他のフィルムコミッションに勝ってきたのかなど、疑問に思うことがたくさんあったので調べることにしました。
しかし、「北九州フィルムコミッション」という言葉を知っている人はたくさんいても、実際に北九州フィルムコミッションがどういった活動をしているのか知っている人がなかなか見つからず、取材をする機会がありませんでした。そこで、パーソナリティーの大西さんに相談したところ元北九州フィルムコミッションの平谷さんを紹介して頂き、北九州フィルムコミッションの設立経緯・経済効果・北九州フィルムコミッションでしかやっていない取り組みなど滅多に聞くことのできない裏話を聞くことができました。また、平谷さんのご好意でエキストラにも参加することができ、実際に自分の目で北九州フィルムコミッションの活動を見ることができました。
こうした取材や体験を通して最初は呆然としていた「北九州フィルムコミッション」というテーマにつて理解が深まり、放送まで漕ぎ着くことができました。

放送を終えて
大学に入って初めて取り組んだ活動がこのラジオ実習でした。今振り返ると、お互いのことも知らずに始まってしまい、正直戸惑った部分も多くありましたが日を重ねるごとに自分たちの中にも協力する力が芽生えてきて、自分がチームのためにできることはなんなのかを常に考えるようになっていました。
特にマップ作りでは役割を分担して、効率よく取材や作成を行うことができとてもいいものを作ることができました。このマップは大学に掲示する予定なのでたくさんの人の目に触れることで北九州フィルムコミッションについて知ってもらえる機会が増えれば嬉しいです。
今回のラジオ実習を通して最後まで諦めずやり抜くことの大切さを学びました。1から作り上げる企画だったので思うように進まず投げ出したいと思うことも度々ありましたが、最後まで諦めずやり抜けたので最高の放送になりました。
この経験はこれからの大学生活はもちろん今後の人生にも大いに役立つものとなりました。

取材協力:北九州市役所 観光課 北九州市フィルムコミッション
取材日:5月17日、6月16日、7月30日
OA日:8月20日

城下町、あったんですか?

放送までの道のり

私たち17班が今回取り上げたテーマは「小倉城下町」についてです。まず初めに、テーマを決めるために話し合ったとき、工業都市・現代的というようなイメージでした。城下町につながったきっかけは、班員が「魚町・京町・室町」などの町の名前に興味を持ったことです。町の名前の由来を調べると、小倉城の城下町では、昔は商業都市として栄えていた歴史を知りました。今の小倉からは想像ができず、多くの人に知ってもらいたいという思いでラジオ番組のテーマにしました。番組を作る際に大きな壁となったのが、情報量の無さでした。そこで歴史について詳しい方に、たくさんお話を聞き番組を作り上げました。また、歴史をただ語るだけでは、聞く方に情報を提供するだけの番組になってしまうため、私たちにしかつくれない番組にするように心がけました。そのために、ボランティアに参加して、歴史と関わる機会をいただきました。

放送を終えて

取材日…5/16 6/22 7/9 取材協力先…はまだ洋装店 菊池満さん 八坂神社
放送日…8/20
本番の1時間はあっという間に過ぎてしまいましたが、放送までの約4か月は、ラジオ実習の為に、長い時間をかけてきました。この4か月で様々な取材や体験を通し、気が付いたことは、目に見える城下町の歴史がほとんど残されていないことと、歴史について関心を持つ若者が少ないことです。小倉に住んでいてもわからないことが多いほど、今の小倉には、昔の小倉を知る人が少なくなっていると思います。歴史を受け継いでいかなければ、小倉の魅力が失われてしまいます。これからの歴史を作る私たち若者世代が、より歴史を残そうとする意識を持つことが、歴史を守るための大きな一歩です。小倉祇園や小倉城など、私たちの周りには、歴史に関わることができる機会がまだまだあります。私たちの放送を聞いてくださった方が、少しでも小倉の歴史に興味を持ってくださったら嬉しいです。そして、もっと小倉を好きになってもらって、たくさんの歴史に触れあってほしいと思います。

脱こ食!

放送までの道のり

4月にコース混合で班が結成されました。最初は都市と自然との共生ということで、「響灘ビオトープ」を取り上げようと考え、見学しに行きました。第一回目のプレゼン大会で多くの意見をいただいたのと、過去に取り上げたことのある場所だったため響灘ビオトープは取り上げるのをやめることにしました。
次の話題は福祉コースの人が授業で習った孤独死から発展させて、「こ食」を取り上げることにしました。第二回のプレゼン大会で「こ食」を取り上げた企画を発表し、ミーティングの時間を週二回とって企画の実現に向けて大きく動き出しました。
しかし、情報共有がうまくできず進捗状況がわからなかったり、次のミーティングの場所がわからなかったりしました。そこで、しっかりと役割分担をしたり、LINEを活用して情報共有をはかったりすることで今までよりもスムーズに物事が進むようになり、なんとかラジオ放送にこぎつけることができました。
放送を終えて

取材日…7月14日 取材協力先…カフェオレンジ 放送日…8月20日
私たち18班はテーマ設定が「到津の森」から「ビオトープ」、そして「こ食」へとテーマ設定で2度も変更があり、このまま本当に自分たちは放送ができるのかととても不安でした。ですが多くの方々の協力のおかげで本番までこぎつけることができました。そして当日「このシナリオで大丈夫だろうか・・」とかんがえていましたが、放送中は終始みんな笑顔で楽しく行うことができていました。私たちの反省点としては「シナリオの少なさ」があると考えています。テーマが決まったのが遅く「こ食」の問題を調べる期間が少なかったということがあるとは思いますが、そこをより詰めることができていればより深く良い放送ができていたと感じました。一方mtgを週2回行うといった情報共有、自分たちで実際にイベントを行うなどこれからの地創生として生かすことのできる能力を数多く学ぶこともできました。このFM実習で学んだ数多くの知識・経験を今後の地域活動や実習に活かしていきたいです。


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